明日アップの石
2009年 11月 18日
前々回までのWebに、インド・ヒマラヤのマニカラン産水晶をアップしましたが、今回は、ネパール・ヒマラヤ、ガネッシュヒマル産の水晶をアップします。
ネパール・ヒマラヤの水晶は市場に出て人気が出てから大分経つので、最近では特別に注目を集めることもなく、また私自身も特に買い付けのリストに載せていない石の
一つだった。
でも、ヒマラヤ・クォーツは、「良いものが見つかればほしい石」のリストに入っている方も多いのでは?
その「いつか買うぞ石のリスト」(笑)の条件は、クオリティはもちろん良いに越したことはないけど、なお価格も「これ位なら、いいかも!」も必要ですよね。
今回ガネッシュヒマル産のものに出会った時に、改めてヒマラヤ・クォーツの清々しい姿に心が浄われ、また数年前の価格と比較するとお手頃な値段で仕入れができたので、まだヒマラヤをお持ちでない方に、また新たにコレクションに加えたい方によいと思い
仕入れたものです。
ヒマラヤ山脈は、地殻変動によりユーラシア大陸とインド亜大陸がぶつかりあい隆起した山で、地元の人々はヒマル(神々の棲む聖なる所)と敬意を込めて呼んでいます。
ガネッシュヒマルはヒンズー教の神「ガネーシャが棲む座」として、その7000メートルの尾根を天へと向けています。
他のネパール産の水晶と同様、ガネッシュヒマル水晶も、道なき険しい岩場を数日掛けて命懸けで登り、手掘りにより採取されたものです。
私はヒマラヤ水晶を見ていつも思うのは、この水晶は神そのものの現れてというより、
ターラー菩薩のような神の元で働き、常に私たちが道から逸れないように支えている
存在。
輪廻の海に生きる我々が、あまりに煩悩にまみれている様子をみた観音菩薩様が、
慈悲の心から思わず涙し、その涙からターラー菩薩は生まれたとされている。
ターラー菩薩はチベット、ネパールで広く信仰され、その名は「輪廻の海を渡るのを助ける女性」を意味するそう。
7000、8000メートルという、この世で天空に最も近い山の高度とその姿に畏怖し、人々が神々の世界を重ね合わせたのは当然のこと。
手に持つだけで、俗世の事柄から一瞬切り離される感覚(これを浄化ともよぶのかも)を得るヒマラヤ水晶は、その次元の高い世界と私たちを繋ぐため役割として私たちの元に現れてきてくれたのかもしれない。
神からの直接の言葉は私たちに届かないから、そのミディアムとして、私たちにより近いところでの慈悲の化身として現れ、分かりやすく伝え教えるために生まれたターラー菩薩とイメージが重なるのかな。
一方の産地の由来になっている「ガネーシャ」は、皆さんご存知のように象の頭を持つ
ヒンドゥーの神様。
その名はサンスクリットで「群衆(ガナ)の主(イーシャ)」を意味するとか。
ターラー菩薩も、ガネーシャも民のために存在し、俗に信仰されているように現世的な利益を得たり、障害をなくすための神ではなく、民が人生の中で頭をぶつけたり転びながらも、学ぶことで最後に賢くなって次の人生に備えられるように、私達の無意識のところに働きかけている。
そんな、とってもありがたい感覚を覚えて、直に感謝したくなるのが、私にとってのヒマラヤ水晶。そんなセレクトしてきたヒマラヤ水晶の明日のをお楽しみに~!
ネパール・ヒマラヤの水晶は市場に出て人気が出てから大分経つので、最近では特別に注目を集めることもなく、また私自身も特に買い付けのリストに載せていない石の
一つだった。
でも、ヒマラヤ・クォーツは、「良いものが見つかればほしい石」のリストに入っている方も多いのでは?
その「いつか買うぞ石のリスト」(笑)の条件は、クオリティはもちろん良いに越したことはないけど、なお価格も「これ位なら、いいかも!」も必要ですよね。
今回ガネッシュヒマル産のものに出会った時に、改めてヒマラヤ・クォーツの清々しい姿に心が浄われ、また数年前の価格と比較するとお手頃な値段で仕入れができたので、まだヒマラヤをお持ちでない方に、また新たにコレクションに加えたい方によいと思い
仕入れたものです。
ヒマラヤ山脈は、地殻変動によりユーラシア大陸とインド亜大陸がぶつかりあい隆起した山で、地元の人々はヒマル(神々の棲む聖なる所)と敬意を込めて呼んでいます。
ガネッシュヒマルはヒンズー教の神「ガネーシャが棲む座」として、その7000メートルの尾根を天へと向けています。
他のネパール産の水晶と同様、ガネッシュヒマル水晶も、道なき険しい岩場を数日掛けて命懸けで登り、手掘りにより採取されたものです。
私はヒマラヤ水晶を見ていつも思うのは、この水晶は神そのものの現れてというより、
ターラー菩薩のような神の元で働き、常に私たちが道から逸れないように支えている
存在。
輪廻の海に生きる我々が、あまりに煩悩にまみれている様子をみた観音菩薩様が、
慈悲の心から思わず涙し、その涙からターラー菩薩は生まれたとされている。
ターラー菩薩はチベット、ネパールで広く信仰され、その名は「輪廻の海を渡るのを助ける女性」を意味するそう。
7000、8000メートルという、この世で天空に最も近い山の高度とその姿に畏怖し、人々が神々の世界を重ね合わせたのは当然のこと。
手に持つだけで、俗世の事柄から一瞬切り離される感覚(これを浄化ともよぶのかも)を得るヒマラヤ水晶は、その次元の高い世界と私たちを繋ぐため役割として私たちの元に現れてきてくれたのかもしれない。
神からの直接の言葉は私たちに届かないから、そのミディアムとして、私たちにより近いところでの慈悲の化身として現れ、分かりやすく伝え教えるために生まれたターラー菩薩とイメージが重なるのかな。
一方の産地の由来になっている「ガネーシャ」は、皆さんご存知のように象の頭を持つ
ヒンドゥーの神様。
その名はサンスクリットで「群衆(ガナ)の主(イーシャ)」を意味するとか。
ターラー菩薩も、ガネーシャも民のために存在し、俗に信仰されているように現世的な利益を得たり、障害をなくすための神ではなく、民が人生の中で頭をぶつけたり転びながらも、学ぶことで最後に賢くなって次の人生に備えられるように、私達の無意識のところに働きかけている。
そんな、とってもありがたい感覚を覚えて、直に感謝したくなるのが、私にとってのヒマラヤ水晶。そんなセレクトしてきたヒマラヤ水晶の明日のをお楽しみに~!
by bon--voyage
| 2009-11-18 20:32